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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11906号 判決 1998年6月25日

原告

藤田惠士

右訴訟代理人弁護士

鈴木堯博

被告

藤田明

外三名

右被告ら訴訟代理人弁護士

田中信人

主文

一  被告らは、原告に対し、それぞれ金三一一万四二〇八円宛及び内金二六八万八一〇六円に対する平成八年九月四日から、内金四二万六一〇二円に対する平成九年一二月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、それぞれ金三一三万六九九五円宛及び内金二六八万八一〇六円に対する平成八年九月四日から、内金四四万八八八九円に対する平成九年一二月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原・被告らの相続財産である別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)に係る借地権(以下「本件借地権」という。)及びその土地上の同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)について原告が出捐した本件土地の賃料、本件建物の修繕費及び火災保険料の費用につき、原告が被告らに対し、主位的に委任契約、予備的に事務管理に基づき、相続分に従いその返還を求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告及び被告らは、父藤田欽哉(以下「欽哉」という。)と母寿満との間の子である。

2  欽哉は、昭和一三年八月一日、賃貸人荒井勇(但し、現在の賃貸人はその妻荒井季子)から本件借地権及び本件建物を取得した。

3  欽哉は、昭和四五年四月一二日死亡し、その妻である寿満並びに原・被告ら及び藤田豊久の六人の子が本件借地権及び本件建物を法定相続分に従い相続した。

4  藤田豊久は、昭和六三年七月一三日死亡したが、その相続人である妻藤田瑩子、長男藤田章久及び二男藤田茂がいずれも相続放棄をし、その申述は、藤田章久については昭和六三年一二月一二日、藤田瑩子及び藤田茂については平成元年一月二四日、それぞれ東京家庭裁判所で受理された。

5  寿満は、平成八年一二月一〇日死亡したが、その死亡前の平成七年五月二九日、本件借地権及び本件建物の持分を原告に相続させる旨の公正証書遺言をした。

二  原告の主張

1  原告は、昭和四五年四月に被告らとの間において本件建物についての使用貸借契約が成立し、以後本件建物を使用し維持管理してきたところ、被告らは、原告に対し、昭和六一年一月、本件借地権及び本件建物の各自の持分九分の一について、以後原告が地代の支払、本件建物の必要な修繕、火災保険料の支払等を含め維持管理することを明示又は黙示に委任した。

2(一)  原告は、昭和六一年一月分から平成九年一二月分まで本件土地の賃料として合計金二六一四万円を賃貸人に支払った。

(二)  原告は、平成六年二月、三月に本件建物の茶室及び周辺廊下の老朽化のため修繕し、その費用として合計金一三三万九〇〇〇円を支出した。

(三)  原告は、昭和六一年から平成八年まで遺産である本件建物等の火災保険料として合計金七五万三九六〇円(内訳は、昭和六一年から昭和六三年までの間は、年間金六万五二八〇円、平成元年から平成五年までの間は、年間金六万九一二〇円、平成六年から平成七年までの間は、年間金六万九〇〇〇円、平成八年は金七万四五二〇円)を支出した。

(四)  右合計金二八二三万二九六〇円のうち被告ら各自の負担部分は、各持分九分の一に相当する金三一三万六九九五円(円未満切捨て)である。

3  仮に委任契約の成立が認められないとすれば、原告は、予備的に、事務管理に基づく費用償還請求を主張する。

よって、原告は、被告らに対し、それぞれ金三一三万六九九五円宛及び内金二六八万八一〇六円に対する本訴状送達の日の翌日である平成八年九月四日(本各訴状の最終送達の日の翌日)から、内金四四万八八八九円に対する原告の平成九年一二月二二日付準備書面送達の日の翌日である同月二三日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告らの主張

1  被告らは、本件借地権付の本件建物の維持管理を原告に委任したことはなく、全ての費用を原告が負担することを条件に本件建物に住むことを容認した。

2(一)  仮に原告と被告らとの間で本件建物について使用貸借契約が成立しているとすれば、原告主張の修繕費は、民法五九五条一項の「借用物の通常の必要費」に該当し、借主である原告が全額負担すべきものである。

(二)  本件建物の使用貸借は終了しているし、被告らは、原告に対し、平成九年六月二八日到達の内容証明郵便で本件建物の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

右同日以降の本件建物の使用料相当損害金は、地主から請求されている月額地代を基礎に算定すると、平成九年四月以降の月額請求地代は金四〇六万七四七四円であるので、右請求地代の三倍額は家賃として相当であると考えられるので、被告らは、原告に対し、その九分の五に相当する月額金六七七万九一二三円の使用料相当損害金債権を有する。

また、平成一〇年四月以降の月額請求地代は、地主より金五四九万一〇八九円に値上げ請求を受けたので、被告らは、原告に対し、同月以降月額金九一五万一八一九円の使用料相当損害金債権を有する。

被告らは、原告に対し、平成一〇年五月二五日の本件口頭弁論期日において右損害金債権をもって原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  主要な争点

1  原告主張の委任契約ないし事務管理の成否

2  被告ら主張の相殺の成否

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実に証拠(甲第五号証、第六号証の一、二、第七号証、第一四号証、第一六ないし第二七号証、第二九号証、乙第七号証、原告本人及び被告藤田清文本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告及び被告らの父欽哉及び母寿満は、原告が出生した昭和八年頃には当時の東京市大森区田園調布<番地略>の居宅に住んでいたが、欽哉は、昭和一三年八月一日荒井勇から本件借地権付の本件建物を取得し、これを別荘として利用していた。

(二) その後、昭和一九年頃に原告及びその兄である被告井上和也は、父母とともに本件建物に引っ越したが、他の兄である被告藤田明、同藤田清文、同藤田晴之及び藤田豊久は、田園調布の居宅で生活していた。しかし、欽哉が昭和二四年頃に田園調布の居宅を処分したため、被告藤田明ら四人の兄は、一時本件建物に移り住むようになったが、通勤時間や勤務の都合でその後転居した。

(三) そして昭和三〇年頃には被告井上和也も本件建物から他に転居し、原告が父母と一緒に本件建物で生活するようになり、原告は、昭和三八年一一月一九日妻文代と婚姻した。

(四) 欽哉は、昭和四五年四月一二日死亡し、その妻である寿満並びに原・被告ら及び藤田豊久の六人の子が本件借地権及び本件建物を法定相続分に従い相続した。

(五) 欽哉死亡後原告夫婦が母寿満の面倒を見ていたが、原告の妻文代が昭和六〇年九月下旬に慢性膵炎と膵臓悪性腫瘍の疑いで病院に入院するようになったことから、兄である被告らが寿満の面倒を見ることになった。

ところで、欽哉死亡後は本件土地の賃料は原・被告ら兄弟が負担していたが(昭和六〇年八月から同年一一月当時、被告藤田明、同藤田清文及び同藤田晴之が各金三万円を寿満名義の銀行口座に振込送金している。)、昭和六〇年暮れに、本件建物に原・被告ら兄弟が集まった際、被告らは、今後東京で母を看護するので、母が本件建物に戻るまで本件建物に住んでいる原告が地代を支払って貰いたいと話し、原告は、昭和六一年一月以降本件土地の賃料を賃貸人に支払っている。

(六) 寿満は、昭和六〇年一一月以降本件建物を出て一時被告藤田清文のもとで生活したが、その後被告らが一か月交代で寿満の面倒を見ていたものの、寿満は、平成元年五月横浜市栄区野<番地略>所在の養護老人ホーム「上郷苑」に入苑し、本件建物に戻ることなく平成八年一二月一〇日死亡した。

また、藤田豊久は、昭和六三年七月一三日死亡したが、その相続人である妻藤田瑩子、長男藤田章久及び二男藤田茂がいずれも相続放棄をし、その申述は、藤田章久については昭和六三年一二月一二日、藤田瑩子及び藤田茂については平成元年一月二四日、それぞれ東京家庭裁判所で受理された。

(七) 寿満は、死亡前の平成七年五月二九日、本件借地権及び本件建物の持分を原告に相続させる旨の公正証書遺言をした(被告らは、右公正証書遺言は、本人確認のための寿満の印鑑登録証明書が本人の与かり知らぬ間に原告により印鑑登録され、無断登録された印鑑登録により入手された印鑑登録証明書を利用したものであるから無効であり、また右公正証書遺言の作成当時寿満は老人性痴呆症により物事を理解判断する能力はなかったし、難聴で読み聞かせを受け得る状態でもなかったから無効であると主張するけれども、これを認めるに足りる証拠資料はないから、被告らの右主張は採用できない。)。

(八) 原告は、昭和六一年一月から平成九年一二月まで本件土地の賃料合計金二六一四万円(内訳は、昭和六一年一月から昭和六二年八月までは月額賃料一一万一〇〇〇円、昭和六二年九月から平成元年四月までは月額賃料一五万円、平成元年五月から平成二年四月までは月額賃料一七万円、平成二年五月から平成三年四月までは月額賃料一八万円、平成三年五月から平成四年四月までは月額賃料一九万円、平成四年五月から平成六年四月までは月額賃料二〇万円、平成六年五月から平成七年四月までは月額賃料二一万円、平成七年五月から平成九年四月までは月額賃料二二万円、平成九年五月から同年一二月までは月額賃料二三万円)を賃貸人に支払ったほか、平成六年二月頃本件建物の茶室及び周辺廊下の老朽化のため、業者にその修繕工事を依頼して合計金一三三万九〇〇〇円を出捐し、また少なくとも昭和六三年から平成七年までの間、新亜興産株式会社との間で遺産である本件建物や家財書画骨董品等について火災保険契約を締結し、その保険料として合計金五四万八八八〇円を支払った。

(九) なお、原・被告ら間において、現在に至るも欽哉の遺産についての分割協議は未了である。

2 右認定事実を前提に原告の主位的請求である委任契約の成否について検討するのに、本件借地権及び本件建物を含む欽哉の遺産についてはその相続人である原・被告ら間において分割協議が成立していないこと、昭和六〇年一一月までは原告夫婦が本件建物において寿満の面倒を見てきたことや欽哉死亡後は原・被告ら兄弟が本件土地の賃料を負担していたこと等にかんがみると、被告らが昭和六〇年暮れに原告に対し、寿満が本件建物に戻るまで本件建物に住んでいる原告が地代を支払って貰いたいと依頼した趣旨は、原告に被告らの相続分に応じた賃料の立替払いを委任したものであって、以後原告において本件土地の賃料を賃貸人に支払ってきたのも、右委任契約に基づき原告が賃貸人に対して被告らの相続分に応じた賃料を立て替えて支払ったものと解するのが相当である。

そうすると、被告らは、原告に対し、右委任契約に基づき原告が本件土地の賃貸人に支払った賃料をその相続分に応じて返還すべき義務があるといえる。

また、原告は、右認定のとおり平成六年二月頃本件建物の茶室及び周辺廊下の老朽化のため、業者にその修繕工事を依頼して合計金一三三万九〇〇〇円を出捐し、また少なくとも昭和六三年から平成七年までの間、新亜興産株式会社との間で遺産である本件建物や家財書画骨董品等について火災保険契約を締結し、その保険料として合計金五四万八八八〇円を支払っているところ、本件借地権付の本件建物は、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、これら費用は、本件建物を維持管理するために原告において出捐されたものであって、共有者各自の負担に帰すべき費用であり、そのうちの共有者の一人である原告においてその費用の負担をするのは、自己の事務を処理するのと同時に、他の共有者である被告らの負担部分については義務なくして管理したものにほかならないから、原告は、被告らに対し、事務管理に基づきその共有持分に応じた費用の償還を請求できるというべきである。

なお、被告らは、原告が主張するとおり原告と被告らとの間で本件建物について使用貸借契約が成立しているとすれば、原告主張の修繕費は、民法五九五条一項の「借用物の通常の必要費」に該当し、借主である原告が全額負担すべきものであると主張する。しかしながら、右認定の事実関係によれば、原告は、本件建物において欽哉とともにその家族として同居生活をしてきたものであり、このように共同相続人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了時までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである(最高裁判所平成八年一二月一七日判決・民集五〇巻一〇号二七七八頁以下参照)ところ、原告がなした本件建物の修繕は現状維持的な修繕であって、通常の必要費に該当しないし、原告による本件建物の使用関係は、共有者である原告が自己の共有持分権に基づいて共有物である本件建物全部につき、その持分に応じた使用収益をしている関係にもあることをも併せ考えると、原告のみに修繕すべき義務があるものと解するのは相当でないから、被告らの右主張は採用できない。

以上によれば、遺産である本件借地権及び本件建物についての被告らの相続分に応じた持分割合は、それぞれ一五分の二となるところ、その持分割合を原告主張のとおり各九分の一とすると、原告が被告らに対して請求できる金額は、それぞれ金三一一万四二〇八円宛(円未満切捨て)となる。

二  争点2について

1  被告らは、本件建物の使用貸借契約は終了しているし、原告に対し、平成九年六月二八日到達の内容証明郵便で本件建物の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので、右同日以降の本件建物の使用料相当損害金をもって原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の主張をするのであるが、右のとおり本件建物の使用貸借契約関係は本件借地権付の本件建物を含む欽哉の相続財産についての遺産分割終了時まで存続すると解されるし、被告らにおいてその終了原因を具体的に主張していない上、前示のとおりの原告による本件建物についての使用貸借関係からすると、原告が被告らの同意を得ることなく本件建物を物理的に損傷しあるいはこれを改変する等の特段の事情がない限り、本件建物の使用貸借契約を被告らにおいて解除することはできないものと解するのが相当である。

2  そうすると、被告らにおいて本件建物の使用貸借契約の解除事由を具体的に主張していない以上、解除の主張自体失当というほかなく、本件建物の使用貸借契約の終了ないし解除を前提にする被告らの相殺の主張は、その余について判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、それぞれ金三一一万四二〇八円宛(主位的請求としては、それぞれ金二九〇万四四四四円宛、予備的請求としては、それぞれ金二〇万九七六四円宛)及び内金二六八万八一〇六円に対する本訴状送達の日の翌日である平成八年九月四日(被告らのうち訴状送達が最も遅れた被告井上和也についての日を基準にしたもの)から、内金四二万六一〇二円に対する原告の平成九年一二月二二日付準備書面送達の日の翌日である同月二三日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。

(裁判官山﨑勉)

別紙物件目録<省略>

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